備忘録【21】:アパレル業界に入ったばかりの話(その4)
(前回からの続き)セレクトショップのアルバイトは新たな展開を迎えようとしていました。
そのアルバイト生活を華やかにしてくれたのは、一つ年下の出戻りのアルバイトです。彼はとんでもなく生意気なので、周囲に敵は多かったんですけど、人懐っこくて愛嬌もあって、可愛がる先輩も同じくらい多かったです。
彼は元モデルということもあり、何を着ても似合います。しかし、それ以上にファッションが誰よりも大好きでした。毎回、色々な格好で楽しませてくれましたが、所有してるアイテムが云々というより、ファッションスタイルの背景をよく理解していて、その雰囲気をなんとなく纏って着こなすのがとてもうまかったです。
当時はスタイリングで魅せてくれる人って、多かったですよね。彼もそんなひとりでした。
その一方で、金銭感覚は無茶苦茶でした。バイト先で取り置いている洋服も、「何年かけて支払うんだ!」って上司に怒られて、渋々と店頭にリリースしてたくらいです。また、遊び方も破滅的でしたから、一緒にいるとハラハラすることも多かったです。そのため、二人だけで夜遊びをすることは極力控えていました。
彼にフォーカスして話ブログを書いたら、波乱万丈過ぎて、面白いエピソードも(触れて大丈夫かな?って話もね)たくさんあります。彼の半生を取材したいってライターがいたほどですからね、機会があれば、きちんと整理して書こうと思っています。
(話は戻って)彼のファッションへの情熱は、社内の人間も巻き込んで、「かっこいい」や「おしゃれ」という正体不明の美学を求めて、切磋琢磨しながら邁進しました(何を切磋琢磨するの?って感じですけどね)。無形で千差万別なナゾの価値観なので、今思えばクスッと笑ってしまいそうです。
しかし、そんな洋服バカなわたし達を、一部の先輩たちはとても可愛がってくれました。この大手セレクトショップも元々は洋服好きが集まって大きくなったところもありますから、そのDNAが受け継がれているので、わたし達と通じ合うところがあったのでしょう。
しばらくは、たくさんの社員、アルバイトの隔たりも少なくなって、いいムードになりつつありました。かつて厳しかった社員の先輩とも、仲良くなって、家に遊びに行きました。こうして多くの人たちとの距離が縮まったのです。
しかし、それも長くは続きませんでした。まず、元モデルの彼が、店を休むようになりました。規則正しい生活が、もともと苦手なタイプですから、これまでがイレギュラーだったのかもしれません。
加えて、新入社員がたくさん入って来ました。その頃、この大手セレクトショップは、次のフェーズを迎えており、いままで服好きな人間がアルバイトから社員になっていたところを、はじめて4大卒の学生が新入社員として採用されたのです。
しばらくすると、我々アルバイトが新入社員育成の障壁になっているのか?このバイトを辞めるか?社員になるか?二択を迫られました。
もちろん、先輩からも社員になるように誘ってもらっていました。この会社のDNAはしかと受け取っている想いで、そのつもりでいました。しかし、ほぼ同じタイミングで、近所のセレクトショップの先輩から声が掛かります。
それは「今度、原宿にもう一軒出すから、ウチに来ないか?」との誘いでした。
このセレクトショップは「世界製」という名のお店です。ファイヤー通りの2階にある5坪のお店で「世界中からいいものを」をスローガンに、国内外(日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアなど)、ジャンルもストリート、カジュアル、ドレス、モード、もう何でもアリで、フットワークの軽さを武器に、入手が難しいけど欲しい!ってアイテムをたくさん扱っていました。いままでの流れを無視した、新しい時流に思えました。
こうして、わたしは新しいショップに入ることに決め、これまでお世話になったセレクトショップを離れる決意をしたのでした。
追伸:昨日、出戻りの元モデルのアルバイトが夢に出て来ました。彼は3年前にこの世を去ったのだけれど、わたしの中では、まだ生きてると思っていて、(夢の中だけど)久しぶりの再会に「やっぱり、生きてたじゃん、何やってたの?」って再会を喜び合いました。そんなことで、本日、続きを書きました。